注染と染工工程
注染の染め物が
できるまで
明治時代に生み出された染色技法、注染。150年以上の歴史があり、開発当初の作り方を基にしながら、使用する染料や機械などは時代に合わせて近代化を進めてきました。ここでは、そんな注染の基本的な作り方を以下の5つの工程に分けて解説します。
- 染色前の生地を綺麗に整える「干場」
- 糊を乗せ型付を行う「板場」
- 染色を行う「紺屋」
- 水洗いで糊と余分な染料を落とす「水元」
- 乾燥させて完成
染色前の生地を綺麗に整える「干場」
注染を作るときは、木綿や麻の生地をよく使います。麻の方が繊維が硬く、生地を折り返すのに技術を要するため難易度が高めです。また、浴衣を作るときは「コーマ生地」という高級綿糸でできた布を使うこともあります。こちらも、きれいに染色するには高度な技術が求められます。
織られたばかりの布は、綿花の脂肪分や汚れ、サイジング糊などが付着していることもしばしば。注染工場に布が届いたら、一度洗って染色しやすい状態にします。先染め織物(糸の状態の段階で既に漂白や無地染色が施されている織物)の場合は、糊気を取るため熱いお湯に一晩漬けたあと水洗いや脱水します。
汚れや糊がきれいに落ちた布は、天気が良い日に「ダテ」「やぐら」とも呼ばれる「干場」で干します。注染に使う布は一反(幅約37cm×長さ約12m)の大きさに裁断されているため、やぐらの高さは6m以上。かなりの高さがあり、職人たちが干場に上がって布を干すときは落下しないよう細心の注意を払います。
自然乾燥だと染料を浸透させやすくしたり、細かい糸くずを風で取ったりできるため、現在も多くの工場がダテややぐらによる乾燥を行っています。布を乾燥させる際は日陰干しの方が良いとされており、朝7時頃に干し始め、昼までに取り込むのが一般的です。布は干場から自然に垂らした状態でないと形がゆがんでしまうため、布を干場にかけるときも注意が求められます。
取り込んだ布は、生地巻き機で一反ずつ巻いていきます。このとき、生地に付いているゴミなどの付着物を取り除いたり、シワを取ってまっすぐにしたりもします。いずれも、染めやすくするために大切な作業です。巻き終わった布は「太鼓(タイコ)」と呼ばれる大きな円筒状の束にして、数日間寝かせます。数日間生地を寝かせて、生地のシワが伸び、布目も正しくなったら、注染で使う生地の完成です。
糊を乗せ型付を行う「板場」
染色のための下準備は、主に糊づくり・染料づくり・型紙づくり・型付の4つの作業です。糊は、染色したくない箇所を保護するために使われます。大きく澱粉糊(でんぷんのり)と海藻糊の2種類があり、使う染料や生地、染めたい柄の細かさなどによって使い分けます。糊を作る際は、必要に応じて石灰液や水も調合。同じ分量でも季節ごとの気候で仕上がりが異なるため、熟練の技が必要です。
型紙は、あらかじめ考案しておいた図案をもとに、糊を乗せる部分だけくり抜いて作ります。糊の水分でふやけないよう厚みのある素材でできているため、図柄をくり抜くときはカッターのような刃物を使うことも。反物に糊を乗せ終えたら染料を注いで染色することを考慮して、型紙に彫る線の幅には余裕を持たせます。
型付は、「板場(いたば)」と呼ばれる場所で行われる作業です。まずは水に浸けて柔らかくしておいた型紙を、幅約40cm×長さ約100cmの枠の裏側にビョウを打って固定します。続いて枠の表側の上下に縁紙(えんがみ)を張り、枠を固定します。その後「ステ」という反物を保護する布に糊を付け、問題がなければ反物に糊を乗せていきます。
反物に糊を乗せるときは、枠を反物の上に置いてその上から糊を乗せ、糊を乗せ終わったら枠を外して反物を折り返し、再びその上から枠を置いて糊を乗せる作業を繰り返します。反物を折り返すときにシワができないようにするには勘も必要で、熟練した職人でも均等に生地を伸ばせるまでに7年はかかると言われることも。糊を付け終わったら枠と型紙を外し、糊が他の物に付着したら反物が乾燥して反ったりしないよう、大鋸屑(おがくず)をかけて下準備の完了です。
染色を行う「紺屋」
染色は、「こうや」と呼ばれる染め場で行います。語源は、藍染めの業者や染物屋を意味する「紺屋」です。染料づくりでは、助剤・水・湯などを調合します。注染に使う染料の種類は、木綿の染色に適した硫化染料・反応染料・建染染料など。同じ色でも染料の種類によって色味や発色が異なるため、職人は細かく使い分けています。
染料ができたら、大鋸屑が付いた状態の反物を染台に移動させ、シワができないよう台の中央に平らに置きます。台に反物を置いたら、「ヤカン」と呼ばれるじょうろのような形の容器に染料を汲み入れて、少しずつ布に流し込んで染色します。注染の染色の仕方は10種類以上あり、代表的なものとして、一色染め・差し分け染め・ぼかし染めなどが挙げられます。
一色染めは、糊付けしたところ以外の部分を紺一色で染める技法のこと。長板中形の技法を受け継いでおり「注染の原点」とも言える技法です。布から空気を抜くように端から染料をたっぷり注ぎ、表面が終わったら布を裏返してもう一度同じ工程を行います。最後に余分な染料を吸引し、布を放置して染料を酸化させます。
差し分け染めは、一度に複数の色を染める技法です。型付が終わった布の上に糊で色別の堤防を作り、染料が他のところへ流れ出ないようにします。次に染料を注ぎ、染料を注ぎ終えたら余分な染料を吸引。裏返しにしてもう一度同じ工程を繰り返したら作業完了です。
ぼかし染めは、模様に濃淡をつける技法です。同時に違う色の染料を注ぐことで、色と色の境界をぼかして染められます。ぼかし具合は職人の手加減ひとつで大きく変化するため、同じ柄でも毎回微妙に異なる出来栄えになるのが特徴です。
いずれの染め方でも、片側を全て染め終えたら、反物を裏返して裏側から同じ作業をもう一度行います。注染ならではの裏表がない染色を実現するために重要な作業です。染料を注ぎ終わったら最後に湯を注ぎ、空気にしばらくさらして染料を酸化させたら染色の完了です。
水洗いで糊と余分な染料を落とす「水元」
布の染色ができたら、「水元(みずもと)」という水洗い場で糊と余分な染料を落とす作業をします。染料が染み込んでいる反物は屏風状に折りたたまれているため、一枚ずつ丁寧にはがして幅約37cm×長さ約12mの反物の状態に戻します。水槽は一反の布をまっすぐ伸ばして洗えるよう、横幅がとても長い形なのが特徴です。かつては川で洗っていたのですが、現在は専用の水槽で洗っています。
洗い終えた布を水槽から取り出してひとまとめにするときは、「ミミトリ」という手繰り方を使います。布を一反ずつ持ちやすくしつつ、脱水により伸縮した布が絡まないようにする手繰り方です。染め上がりの確認作業も兼ねており、悪いところがあればすぐに現場に知らせて直すため、熟練の職人が担当することがあります。
乾燥させて完成
水洗いの後は、布を脱水機にかけてから干場に干して乾燥させます。かつては水洗いを終えたらすぐにやぐらに干していたのですが、機械の導入が進んだ現在は一度脱水機にかけてから干すのが一般的。余分なシワが入らないよう、布を力いっぱい引っ張って干します。布が乾燥したらやぐらから外し、検品しながら巻いたら注染の完成です。
注染の表現技術
注染は、生地の両面を同じ色・柄に染められるのが大きな特徴のひとつで、多様な色彩と自然なグラデーションを用いた様々な絵柄の染色が可能です。
注染の歴史
明治時代に生み出された染色技法、注染。150年以上の歴史があり、開発当初の作り方を基にしながら、使用する染料や機械などは時代に合わせて近代化を進めてきました。